「宗教は人類による発明品」と捉えるタイプのさかなさんですどうもこんにちは!
良いとか悪いとかじゃなく、要は発明したそれをどう使うかだと思うんですよね。
そんなさかなさん、最近今村夏子著「星の子」を読みまして。
本日はその読書記録です。
「どうやら宗教二世の話であるらしい」
という前知識のみで読んだんですが、その前知識から想像していた内容とはだいぶ異なった読後感になりました。
一言で言うなら、これは「愛の物語」だと思います。
今村夏子「星の子」感想
宗教二世の生きる「まともな」世界
「どうやら宗教二世の話であるらしい」と知って、私は
「宗教二世が親に振り回されてひどい目に遭う話かな」
となんとなく思っていました。
これまでに似たテーマの小説に何度か出会っていたのもありますし、
最近では「宗教二世」という言葉がすでに「被害」としての文脈として使われることが多いからです。
でも、読み進めるほどにその予想は覆されました。
主人公のちひろは、家での「普通」と外での「普通」、その両方を知りながら、どちらも大切に抱えて毎日を過ごしています。
宗教を完全に信じているわけではない。
でも拒絶しているわけでもない。
家と外、その両方を、ただ生きている。
その淡々とした描写がとてもリアルです。
「うちは普通じゃない」と気付きながらも
「でも別に嫌じゃない」という感情もずっと並走していて。
すごく苦しんでいるというわけではないんだけど、
確実に何かが少しずつ積み重なっていて。
家の普通も外の普通も、どちらも同じくらい本当で。
だからこそ、どちらかを否定することができない。
そんな、うまく身動きが取れないような、
息苦しい感覚を伴う世界が、淡々と描かれます。
ちひろの日常において、宗教は断じて「悪」ではないのです。
そう、宗教そのものを直接悪者にしないのも、この作品の「うまいな」と思ったところです。
宗教仲間の大人たちは温かいし、イベントは楽しいし、両親は優しくて仲が良い。
直接的な暴力も、洗脳じみた恐怖も出てこない。
でも、
引っ越しを繰り返して段々家が貧相になっていったり、
修学旅行に行くお金すら出せなくなったり…
そういった変化が静かに積み重なっていって。
これは「搾取されてる」んだなと、
それを明言されることは作中に一度もないけど、なんとなく察してしまって。
そして、気付きます。
この「なんとなく察してしまう」、気まずさを伴う感覚こそが、ちひろの見ている世界の追体験なんだと。
宗教の人も、外の人も、みんなちゃんと「まともな人」なのがまた、この作品の苦しいところです。
一部を除き、宗教の人も一般の人も明らかな悪人として描かれることはありません。
だからこそちひろは、読者は、どこに立てばいいのか分からなくなります。
宗教を完全な「悪」として排除することができない。
でもこのままでいいとも思えない。
そのモヤモヤとした息苦しさこそが、
きっと宗教二世が生きている世界そのものなんだと思いました。
読み終えても、何が正しさなのか、何が正解なのか分からない。
私にとっては、それがこの小説です。
「星の子」ラストシーン考察(ネタバレワンクッション)
「星の子」のあの、独特な余韻の残るラストシーン。
あれはなんなのか、どのような意味があるのか、私なりに考察してみました。
一応ネタバレ防止のワンクッションするので、タップしてお読みください。
「星の子」ラストシーン考察(タップすると読めます)
「星の子」は、ちひろと両親が固く抱き合いながらいつまでも流れ星を探し続ける描写で終わります。
そこには読者が求めるような「正解」と呼べるものはありません。
このラストシーン、きっと両親とちひろは、それぞれの「交差点」にいるんだと私は思いました。
ちひろは、やっぱりもう、宗教をそのまま受け入れることはできない。
疑念も、恐怖に近い不安も、違和感も、もはや無視できないぐらいに大きくなっている。
でも両親は大好きで、今の場所も、宗教仲間の友だちも、失いたくない。
だからいっそ「ICチップを埋め込まれて」変わってしまいたいと願う。
何の疑念も抱かずに、ただそのまま宗教を受け入れる自分に変わってしまえればどれだけ楽だろうと願う。
自分の意思でどちらかを選ばなければいけない、その辛さから逃げたいと、そう願う。
一方で両親もまた、きっと、迷っている。
ちひろを手元に置くか、叔父の家に預けるか。
預けることがちひろにとって何を意味するか、全部分かった上で、
ちひろが宗教から完全に離れることになること、
自分たちと袂を分かつことになること、
それも全部分かった上で、
迷っている。
それぞれがそれぞれの交差点に立って、せめて今だけはと固く抱き合って夜空を見上げているのがこのラストシーンなんだと思います。
これが、親子が同じものを見つめる最後の夜になるのか、それとも……
その答えが提示されることなく、この作品は終わります。
おわりに:宗教と愛の物語
「星の子」が宗教二世の話だと知ったとき、私はもっと重くて暗い話を想像していました。
でも、これは愛の物語でした。
親が子どもを愛していて、子どもが親を愛している。
その愛が本物だからこそ、難しくなる。
愛があるから、簡単に切り捨てられない。
答えが出ない物語のその先で、ちひろが、そしてできれば両親も、幸せであって欲しいと願わずにはいられません。
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
映画化もしているようです。見たい!
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