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ちょっと意外な形でインナーチャイルドと和解した話①私のインナーチャイルド紹介

「子ども心を忘れない」という言葉を日常的に濫用しているさかなさんですどうもこんにちは!

ついに娘に「それは大人げないって言うんだよ!」と突っ込まれました。
仰る通りです。

さて皆さん、インナーチャイルドってご存知でしょうか。

聞いたことぐらいは…という方が多いかな?

インナーチャイルドというのは、簡単に言うと

自分の内側にいる「子ども時代の自分」のことです。

過去の経験や感情がそのまま内側に残っていて、大人になった今も影響を与え続けている、
という概念で、心理学やセラピーの文脈でよく使われます。

ここ1~2年ほどの間に、私は自分自身のインナーチャイルドと出会い、そして和解する、という一連の経験をしました。

今回はその中でも、和解したときのことを書こうと思います。

少し長いので、3記事に分けて。

第1回となる今回は私のインナーチャイルドについて…

つまり、子ども時代の私がどんな子だったか、というお話です。

目次

私のインナーチャイルド紹介

周囲に気を遣いまくる子ども時代

子ども時代の私がどんなだったか。

結論から言うと、ものすごく周囲…特に大人に気を遣う子どもでした。

「大人の手を煩わせないこと」
「大人を喜ばせること」

それを第一目的として、全力で「いい子」であろうとする、そんな子どもだったように思います。

もちろん実際には常にそうできたわけではなく、
大人に迷惑をかけたこともたくさんあるんだろうなと思うんですけど。

でも、可能な限りいい子であろうと頑張る、そういう子どもでした。

これについては具体例を読んでもらった方が分かりやすいと思うので、いくつかエピソードを挙げます。

①自分は捨てられると思い込んでいた幼少期

例えば出先で親がトイレに行って、自分は外のベンチで待っている、というようなとき。

私はいつも、今にも泣き出しそうなぐらいに不安でした。

「きっとお母さんは私をここに置いて、トイレの窓からこっそり外に出て、もう二度と帰ってこないんじゃないか」

そう本気で思っていたからです。

そうして親がトイレから出てくるのが見えると、

ああ、なんとか今回も捨てられずに済んだ

と心から安堵して、縋りつくように親の元へ駆けていく。

毎回毎回、そうでした。

念のため言っておくと、私の親は全然普通の親です。

虐待もネグレクトもないし、
愛情も注いでくれたと思うし、
親の言葉や態度で救われた経験もたくさんあるし、
今もとても感謝しています。

なのになぜ当時そんな風に思っていたのか、思い当たる節が一切ありません。

自己分析大好きな私が、どれだけ深く自分の心に潜っていっても、原因が何も見付からないんです。

なので、これは本当に生まれつきか、もし何かあるとしたら前世とかそういうものなんじゃないかと自分では思っています。

ともあれこの「自分は捨てられる」という恐怖は、
このあとの私の人生にもずっと、深く、流れ続けることになります。

②親の手を煩わせないためにひらがなを覚える

幼稚園のとき、親に絵本を「読んで」とお願いしました。

特別なことはなにもない、いつもの日常です。

ただその日、ちょっとだけ親に面倒くさそうにされました。

「はいはい」と言いながら、それでも読んでくれました。

たったそれだけのことなのに、ちゃんと読んでくれたのに、

「あ、まずい」

と私は思いました。

「お母さんを面倒くさがらせないようにしなきゃ」
「自分で読めるようにならなきゃ」

そう強く思い、そうして私はひらがなを覚えました。

③必死に空気を読む幼稚園児

年長のとき、幼稚園のお部屋に入ると友だちが泣きまねをしていました。

もうどう見ても泣きまねだったんですけど、

「泣きまねでしょ」

と指摘したらまずい気がして、私は全力で友だちを心配するふりをしました。

友だちがパッと手を開いて

「うそでした~」

と笑うと、私は「なぁんだ~」と全力でだまされていたふりをして、安心したふりで笑いました。

④必死に空気を読む幼稚園児その2

私は女の子としては珍しく、当時からおままごとなどのごっこ遊びがすごく苦手で、嫌いでした。

でも幼稚園では自由遊びの時間に毎日必ずおままごとが開催されます。

そして、誘われます。

ものすごく嫌なんですけど、断ったらまずい気がして、毎回必ず参加していました。

ペットの犬役などでなんとか誤魔化して乗り切ってました(笑)

⑤先生に気に入られまくる学校時代

例えば学校で作文の宿題なんかが出ると、

「先生がこの作文に何を求めているか」

がなぜか分かってしまうので、作文はいつも褒められていました。

作文以外でも、私はなぜか

「大人が子どもに何を求めているか」
「どういう態度を取れば大人が喜ぶか」

がなんとなく分かってしまうようなところがあって。

その通りに動いたので、小中高と、先生にはめちゃくちゃ気に入られていました。

捨てられないための生存戦略

こうして並べてみると

「先読みして、相手が気持ちよくなる答えを出す」
「求められる役割を察知して演じる」

という能力が幼い頃から恐ろしく高かったことが分かります。

でもそれは、才能として軽々と使っていたというより、

生存戦略として無理くり発動していたような感じだったと思います。

相手が求める自分じゃないと、嫌われてしまうから。

嫌われたら、捨てられてしまうから。

私は、生き残るために、

愛されるために、必死でした。

年齢を重ねるにつれ、この性質を発動する対象は大人から「組織」に変わっていきました。

対象は変わっても、求められる役割を察知して演じる性質は変わることなく、ずっと続きました。

大人になっても、今も、そうやって生きています。

次回、インナーチャイルドが悲鳴を上げた日

私のような生き方は「仮面をかぶって生きる」なんて表現されることもありますね。

個人主義の現代では、これはどちらかというと悪いことのように言われがちです。

「本当の自分で生きよう!」という具合に。

でも私は今、この生き方に誇りを持っています。

そこに至るまでの話を、次回から書いていこうと思います。

次回は私のインナーチャイルドが悲鳴を上げた日の話です。

それでは次の記事でお会いしましょう!

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

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この記事を書いた人

元ICU看護師。2児の母(6歳♂9歳♀)
歩くの大好きおでかけ大好き。
でも結構インドア。読書、洋裁、刺繍、ミニチュアキットなど。
最近はPTAもガチってる。
世界を味わい尽くしたくてたまらないので時々変なことします。

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