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上橋菜穂子『鹿の王』感想|どうやってこんな世界を作ったんだ

夏休みに●されそうになってるさかなさんですどうもこんにちは!

予定ある日もない日も家事と育児で一日がぶっとんでくんだけど…夏休みってこんなんだっけ…?

さてそんなさかなさん、忙しい日々の隙間を縫って『鹿の王』を読み終えまして!

あまりにも良かったので今回はその感想です!

個人的に開催している勝手に本屋大賞ラリーの、ブログとしては二作目になります。

もうほんとめちゃくちゃ良かったんですけど、一番強く残ったのは

「物語が面白い」とか「ヴァンがかっこいい」とかそういうことよりも、

この世界、どうやって作ったの??

っていう、茫然としてしまうほど圧倒的な感情でした。

目次

上橋菜穂子『鹿の王』感想

一人の人間が世界を丸ごとひとつ作るという奇跡

世界の必然が登場人物を動かしている

『鹿の王』の何がすごいって、世界観の作り込み、その緻密さだと思うんですよ…!!

地理があって、歴史があって、文化が生まれて、暮らしがあって、価値観があって。

土地や民族によって生活も違えば考え方も違う。

「この人はこういう人だから、こういう行動をする」というだけじゃなく、

「この土地で、この歴史を背負って、この文化の中で生きてきた人間だから、こう考えてこう行動する」

そういうところまで、全部がつながっている。

しかもそこに、「物語のために用意された設定」っぽさが一切ない。

これってものすごいことだと思うんです。

「こういう物語にするために」「この人物にこの行動をとってもらうために」
この世界を作った、という感じが一切なくて、

むしろ、世界そのものが登場人物の運命を動かしているという感じがする。

これが本当にすごい。

ファンタジーに限らず、私は物語が面白くても
「登場人物が作者に動かされている」
と感じると一気に冷めてしまうところがあるんですよね。

登場人物がちょっと普通じゃない行動をとったときとかに、
「なぜその行動をとるのか」の根拠が薄いと、

「作者がこの展開にしたくて無理やりこの行動をとらせたんだな」

と思って、一気に冷めてしまう。

登場人物が物語を成立させるために動かされている人形のように見えて、感情移入できなくなってしまうんです。

でも、『鹿の王』にはそれが一切ない。

登場人物は、作者に動かされるのではなく、ただその世界を懸命に生きている。

その結果として、物語が動いていく。

これって本当にものすごいことだなって思います。

そこに、さらに感染症が絡んでくる

さらに恐ろしいのは、これだけ緻密に作り込まれた世界に、感染症の来歴や広まり方まで絡んでくることです。

そしてこの感染症もまた「物語を動かすために無理やり作られたもの」ではありません。

その土地の生態系や、人々の暮らし、動物との関わり、民族の歴史などがあって、

その中に感染症が存在している。

さらには、この作品はそれを人間が「どう捉えるか」という所にまで言及しています。

医学的な知識だけでなく、宗教や文化によって病というものの意味そのものが変わってくる。

例えば、清心教の「他者のものを身体に入れること」を穢れとする考え方。

これがあることで、感染症や治療をめぐる問題が、一気に複雑になってきます。

「医学的にはこうすればいい」で終わらない。

その人たちには、その人たちの信じてきた世界があり、正義がある。

だから、我々から見ると一見非合理な彼らの行動にも、ちゃんとした理由がある。

地理、歴史、文化、生態系、医学、政治、宗教。

どれか一つを作り上げるだけでも大変な作業なのに、
『鹿の王』は、それら全てが一つの世界の中で、互いに綿密に影響し合い、つながった状態で存在している。

作者の頭の中、いったいどうなっているんだ。

本当にそう思いました。

これを一人の人間が生み出しているということ自体がもう、奇跡だと思います。

ヴァンのビジュ難しすぎ問題

壮大な世界の話から急に割とどうでもいい話をするんですが、

実は私、以前『鹿の王』を一巻だけ読んで挫折しています。

内容が悪かったわけでは断じてありません。

一巻を読み終えたところで何気なくアニメ映画版のキャラデザを見て、

ヴァンのあまりの「ただのおっさん」っぷりにショックを受け、そのまま読めなくなってしまったんです。

いやだってさぁ…「どこか狼を思わせる男」って書いてあったやん…

映画版、どちらかというと猪とか熊とかそっちじゃない…??

『鹿の王』アニメ映画ティザー↓

そんなわけで、それから数年が経ち、映画版ビジュアルの記憶が薄れたところでやっと再挑戦できたのでした。

なお、読み終えてから改めて映画版をチラ見したところ、

やっぱり「おっさんやん…」と思いつつも

「まぁ分からなくはない」ぐらいには思えるようになりました。

なんというか、「はいはいそっち系にしたのね」みたいな。

ヴァンってやつは、そもそもビジュを想像するのがめちゃくちゃ難しいキャラだと思うんですよね。

  • 肉体的な強さ
  • 過酷な人生を生きてきた疲労感や喪失感
  • 年齢相応の渋さ
  • 父親としての柔らかさ
  • そして「狼を思わせる」野生的な雰囲気

要素が多すぎて、これらを一人の人間に全部乗せるの難しすぎる。

それらをなんとかしようとした結果、あのビジュに落ち着いたのはまぁ…分からなくはないかな…っていう。

でもでもやっぱり、原作のヴァンがあまりにもかっこよかったから、どうせならもうちょっとイケメンにして欲しかったなぁ!

ホッサルばっかりイケメンにしすぎじゃないかなぁ!

とも思ってしまうのでした。

ユナがいてくれて良かった

閑話休題。作品の感想に戻ります。

ヴァンと血の繋がらない娘、ユナ。

彼女の存在がとても良かったですね!

単に「物語の中でヴァンを動かすための装置」ではないんですよね。

彼女がいなかったら、『鹿の王』はもっとずっと暗い話になってしまっていたんだろうなって思います。

そもそも『鹿の王』が抱えてるテーマって、重いものばっかりです。

生と死、病気、喪失、孤独、民族や国家の対立などなど…

そんな物語世界において、ユナの存在がヴァンを「死に場所を求める孤独な英雄」ではなく、ひとりの人間としてこちら側に引き戻してくれる。

我々読者もまた、ユナが顔を見せるたびに張りつめていたものがフッとほどけて、
重くなりすぎず、ほのかな温かさを抱いて物語世界を進んでいくことができる。

最後のあの展開も…

ユナがいたからこそ、ああいう終わり方ができた、と思うと

この物語にユナがいてくれて良かったなぁとしみじみと思うのです。

『鹿の王』というタイトルについて

タイトルの『鹿の王』とは結局なんなのか。

これはシンプルにヴァンのことなのか、それとももっと広い意味があるのか、少し考えてみました。

作中では終盤になって初めて『鹿の王』という言葉が出てきます。

最初は、自らを犠牲に群れを助ける英雄的な存在として。

でもその後に、(回想で)ヴァンの父親がそれを否定する流れがあります。

そこから考えると、「鹿の王」という言葉は

「ヴァンは決して英雄ではない」

ということや、

「才を持ってしまったものが背負う宿命」

みたいなものを表しているのかもしれない、と思いました。

「鹿の王」と最初に聞いたとき、私は鹿の群れの頂点に立って、強く群れを導く存在を想像しました。

でも読み終わった今では、同じ言葉なのに、全然違って聞こえます。

「王」が持つ「強さ」よりも、

「王」であるがゆえの孤独や寂しさを感じるようになったのです。

「鹿の王」は、群れを助ける力を持った…いや、持ってしまった鹿です。

ヴァンもまた、自分の持っている力によって多くのものを背負うことになりました。

『鹿の王』というタイトルは、その強さそのものよりも、「強い者であることの代償」を示しているような、そんな気がします。

そしておそらく、これはヴァンのことだけを指しているのではないと私は思っています。

力を持っているのは、本当は、ヴァンだけではないから。

人は誰も、自分の中にあるものを生かしながら、同時にそれに縛られて、それでもその力と共に生きていくものだから。

そんな存在…つまり、この世界に生きる人々全てを「鹿の王」と呼んでいるように、私には思えました。

終わり方について(ネタバレワンクッション)

ラストシーンについての話をしたいので、ネタバレワンクッションします!

『鹿の王』ラストシーンについてネタバレワンクッション(タップすると読めます)

いやなんせ上橋菜穂子作品は『獣の奏者』しか読んだことがなかったもんで、

私はめちゃくちゃ不安だったんですよ!

上橋さんは「ああいう終わり方」をする人なのかなと思って。

死にエンドというかね。

しかも終盤で「鹿の王とは自分を犠牲に群れを助ける者」なんていう、がっつり匂わせまであるじゃないですか。

そりゃ不安にもなります。

でもちゃんと希望のある終わり方で、

ヴァンがひとりの人間として温かい家庭に還っていく姿を十二分に想像できる最後で、

本当に本当に良かったです。

改めて、

ユナ、あなたがいてくれて良かった。

おわりに:世界が在る。そこで生きている。

『鹿の王』は、物語も登場人物も素晴らしいのだけど、

やっぱり、何よりも世界の作り込みが素晴らしい

そのスケールと緻密さにただただ圧倒される、そんな読書体験でした。

地理があって、歴史があって、文化があって、政治があって、病があって…

それらが全部影響し合いながら、そこで暮らす人々の人生を作っている。

その世界の中で、ひとりひとりが懸命に生きている。

この世界が実在しないことが不思議なくらい、史実じゃないの?と思ってしまうくらい、

そこには確かに一つの世界が在って、生命が息づいている。

やっぱり、一人の人間がこれを生み出したというのはまったくもって奇跡としか思えず、

その奇跡に触れさせてもらえたことの奇跡に感謝せずにはいられません。

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

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この記事を書いた人

元ICU看護師。2児の母(6歳♂9歳♀)
歩くの大好きおでかけ大好き。
でも結構インドア。読書、洋裁、刺繍、ミニチュアキットなど。
最近はPTAもガチってる。
世界を味わい尽くしたくてたまらないので時々変なことします。

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